Nakamachi Keiko

by Nakamachi Keiko

2010年10月17日(日曜日)から同年12月5日(日曜日)までの、まる7週間をハイデルベルグで過ごしました。その間に行った主な教育・研究活動は、下記のようなものです。

(1)、日本美術史の講義(Lecture)として「琳派の画家研究」、演習(Seminar)と  

して「源氏物語絵の歴史的展開」の授業をそれぞれ週1回ずつ行いました。

(2)、メラニー・トレーデ教授が主催した、4日間のベルリンへの美術史実地研修旅行に同

行し、学生・院生たちとともに展覧会の見学、及びベルリン国立アジア美術館所

蔵作品の特別調査(特別観覧)、日本大使館における講演会の聴講などをしました。

(3)、大学の近くにある民俗博物館に所蔵される日本の絵画の研究調査を、メラニー・ト

レーデ教授及び院生たちと毎週一回ずつ実施しました。

(4)、ベルリンのフライ大学(11月26日)とハイデルベルグ大学(12月2日)で、

「日本美術に表された唐美人の役割と機能」という題で話をしました。

(5)、その他として、日本美術の研究調査(特別観覧等による)を、ケルン東洋美術館、

パリ・装飾美術館、パリ・ギメ美術館、パリ・チェルヌスキ美術館、パリ・国立

図書館等で行うとともに、論文ひとつと編著書一冊の校正を終えました。

 

以下、各項目に関してさらに具体的内容や、良かった点・問題点・所感等を述べて行きたいと思います。

 

(1)、講義・演習について

 授業に出席していたのは、日本・中国などの東アジア美術史を専攻する院生・学部生のほか、日本学の専攻生やヨーロッパ美術史の専攻生もいました。日本美術史を専門とする学生ばかりでなく、多くの学生が参加してくれたことは驚きでもあり、頼もしくかつ有意義なことであったと思われます。源氏絵と琳派という、関心の高いテーマを選んだためもあって、いずれの学生もとても熱心に授業に参加してくれました。

 両テーマともに、私が近年論文や日本やアメリカのシンポジウム等で発表してきた分野なので、単に概説的な(あるいは通説的な)ことばかりを説くのではなく、できる限り近年の研究の成果も盛り込むように心掛けました。これこそ、私が専門的な研究者として、この大学に招かれた使命のひとつであると考えたからです。ただ、これには問題もありました。参考文献の問題です。

ハイデルベルグ大学では、reading week なども設定され、授業に即した予習・復習のための参考文献の講読が重視されており、学生も授業の準備としてどのようなものを読むべきか、について積極的に質問してきます。ところが、こうしたテーマを扱う、日本語以外の近年の論文はひじょうに少ないことに気付きました。私の論文は、すでにいくつか(源氏絵・琳派ともに)英語に翻訳してもらっていましたが、日本語以外で読める日本人の論文は僅少です。もちろん欧米の研究者の論文にも優れたものはいくつもありますが、数量的には日本人のものが圧倒的に多いと思われます。

今後日本の研究者も、もっと日本以外で日本美術を学んでいる人々との交流を深め、自分たちの研究成果を広く発表するように心掛けるべきと切に思いました。論文の発表は研究者個人の努力に関わる問題ですが、それとは別に、こうした客員教授として、日本人がドイツに出向いて先端的な研究成果を踏まえつつ講義を行うことは、その意味でもひじょうに意義あることと思われます。

また、幅広い学生を受け入れたことは良かったことではありましたが、いっぽうそれは日本語の能力(聞く・読む)にも大きな差があるばかりでなく、日本美術史の基礎知識にもかなりの違いがあることを意味し、授業外のフォロー(特に参考文献などの指示)の必要性が生じました。ただ研究室・図書館などに備えられた図書・雑誌の現状を考えると、日本美術史を学びたいと願う、上記のような広範囲の学生のニーズにすべて応えることは不可能でした。

 同様なことは、レポートの作成時にも生じました。書きたいテーマについて相談を受けた時、それに関する参考文献が揃っていないことに気付き愕然としたことは一回に留まりません。確かに基本的な図書に関してはかなり良く揃えられているとは思いますが、より専門性の高いものに関しては、まだまだ充分と言うにはほど遠い段階です。

特に専門的なレポートを書きたいと願う院生たちにとっては、日本で出版された図書・雑誌類の不足は致命的です。石橋財団客員教授として派遣される際には、行う講義や演習のテーマに即して図書を購入できる予算があると、参考文献などを補充することが出来て、よりいっそう充実した学生指導が出来ると思われます。客員教授の専門性に則しつつ図書を充実することは、客員教授派遣の意義の一つともなるでしょう。

ハイデルベルグ大学は目下ドイツで唯一の日本美術史の専任教授のいる大学であり、その教育・研究についても伝統のある大学です。ハイデルベルグ大学をドイツにおける日本美術史を学ぶ拠点校として位置付けて、重点的に環境整備(特に図書など)を行うことは、ドイツにおける日本美術史研究の現状及び将来的な展望から考えても、とても有意義なことであると確信いたします。

 

(2)、研修旅行について

 学生が実作品に触れるとても重要な経験です。東京にある本務校でも、年一回、関西地方への実地研修を実施しています。日頃日本美術の展覧会なども地元では開催されないハイデルベルグ大学の場合、研修旅行の意味はさらに深長です。今回の場合、展覧会ばかりでなく、ベルリン国立アジア美術館学芸員のホフマン氏のご厚意によって、数々の作品の特別観覧が許されたことは、学生にこの上ない刺激的な体験となりました。美術史研究にとって、作品に直に触れることは、研究の、あるいは研究者としての出発点です。良質な日本の美術を、頭だけでなく、体と心でも感じて欲しいと切に希望しております。

 ただ、これはかなりの経費がともなうもので、希望する学生でも、経済的な理由によって参加できない人もいたと聞いております。実に残念なことです。せっかく日本の美術に興味を持ち、学びたい・研究したいと思っている学生に、本格的な作品を見る機会をぜひ与えてあげたいと思います。この点に関しても助成のご検討をお願いする次第です。

 また今回の研修旅行では、作品の見学ばかりでなく、日本大使館で行われた東京藝術大学学長の講演会を聞くというプログラムも用意されました。これは任意だったので全員の参加はありませんでしたが、特に将来日本への留学を考えている学生たちは、日本のことや日本の大学のことを少しでも知りたいと考えたからか、積極的に参加していたようです。学長とは学生たちも親しく話が出来ましたが、芸大のほうの学生(留学生)も来ていたので、もう少し交流の場を用意するように、私自身が配慮すべきであったと反省しております。

なお、学生は大学院へ入る前後に、日本へ一度留学することになっています。この目的は主に語学の修得にあるようです。さらに大学院で学ぶようになって、より専門的な分野における日本の研究者の指導を仰いだり、多くの研究者との交流を深めたり、あるいは論文作成のための諸資料を収集したりする目的で、再度留学を考える学生が多いと聞いております。真摯に学びたいと思えば思うほど、その経済的負担も相当なものになってしまうわけです。この点に関しても、日本側から何らかの補助を考える必要があると思われます。

 

(3)、研究調査の演習/(5)、作品調査について

 日本の美術作品の取り扱い方法や作品の調査方法は、机上で学ぶだけのものではなく、実際の調査に参加しつつ、体験的に身につけて行くことが望ましいものです。日本の大学でも、院生は調査補助として教師の研究調査に参加することによって、特殊な取り扱い方や、調査方法(具体的な作業方法ばかりでなく、所蔵者との対応方法なども含めて)さまざまなことを学んでおります。このプログラムは、メラニー・トレーデ教授がお忙しいなかで特別にアレンジして下さったものでしたが、未知の作品の調査という、学生にとっては上記の(1)や(2)とはまた異なった、重要な学習の場となったと思われます。日本の美術品の取り扱い方について、今後ももっと学びたいと、終わった後に感想を漏らした学生もいました。

 また、ヨーロッパには未調査・未整理の日本美術がまだ多く残っているように思われます。(5)で述べたような諸機関においても、そのような作品の存在を確認しました。資料によっては、海外調査のための科学研究費を申請できそうなものもありましたが、なかなかそのような研究費の対象にはなりにくそうなものもあります。明治期を中心に収集されたと思われるそれらの資料は、今や時間が経って、保存状態も悪化し、伝来の経緯等もしだいに分かりにくくなりつつあります。これらの資料の調査研究は、所蔵するそれぞれの国の方々と日本側とが協力し合って、今後さらに推進して行く必要があると痛感いたしました。

 

(4)、講演について

 特にハイデルベルグ大学での話の際には、学生ばかりでなく、ハイデルベルグ在住の研究者も数多く参加して戴き、貴重な意見の交換が出来ました。なお、このテーマは私が文科省の科学研究費によって研究を重ね、実践女子学園教育・研究叢書として成果を発表したものです。日本美術において、中国女性の表象がどのような社会的意味を有してきたかを歴史的に考えるものです。

 

以上、短期間ではありましたが、個人的にも多くの経験を重ねることができました。異文化間の摩擦や確執を思うことはほとんど無く、ドイツやフランスの多くの研究者と知り合いになれて、メラニー・トレーデ教授をはじめとして、それらの人々とたくさんの意見を交換することが出来ました。そうした体験から、今後、いかにしたら協力関係を成り立たせて行けるか、あるいは相互的な学問的な交流の場が確立できるか、等を深く考えさせられました。いすれの場合でも、一番大切なので人的交流であり、その土台をしっかりと築くための大きな援助を与えられている、石橋財団に心より敬意を表したいと思います。

Student's assessments

Again, I would like to thank for this great opportunity, which enabled us to hear and interact with a renowned scholar of the East Asian Arts.

For one, it is good to have a chance to hear lectures in Japanese, which one doesn't get a chance to participate at very regularly at our university. This is a good way of picking up on certain vocabulary, expressions, etc. The other thing is that Mrs. Nakamachi presented us a good quantity of works and still found the time building up the connections within her picture network, while giving background information, regional connections, and more, which one might easily overlook. So, one could say she was easily able to create a bigger picture, and her approach might be more of a wholistic one, which I found quite interesting, in the way it was done. Furthermore, I liked the seminar on the "Genji and Ise" themes, which basically span a time frame that started in the Heian-period and took us all the way up into the late Edo-period. Quite interesting to see how a topic extends and transforms over the centuries, while still remaining an essence that keeps it centered around a theme, especially with the insights Mrs. Nakamachi provided us with.

Peter Schorling

Verantwortlich: SH
Letzte Änderung: 07.08.2015
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